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パセオデラルスの設計

居住空間とローカリズム

人々の居住空間は、家族のあり方や習慣、近隣の人々との付き合い方などの社会的条件、気候風土や地形など自然条件のなかで、如何に快適に暮らすかということを考えてつくられてきた。

住まいの形式は、生活に密着し、人々のライフスタイルと深く結びついている。時代の移り変わりによって、私たちの生活も変わり、居住空間も変化してきた。昨今の日本の住まいを見ると、戸建てにしても、集合住宅にしても、既成の商業的価値観によって、住まいの形式が画一化されていると思う。快適な暮らしのための住まいは、社会的条件や自然的条件、ライフスタイルによって、多様なバリエーションがあるはずである。かつての日本のローカリズム(地域性)の上に成立していた居住形態のように。しかし、商業的条件によって、住まいの形式が規制されるのは、メディアを介して画一的な影響が強まったということであろうか。

サングレイスパセオデラルスは、2001年6月、神奈川県横浜市金沢区に竣工した、民間分譲集合住宅である。商業的価値観による住まいの形式に傾よるデベロッパーと議論を重ねて完成した。

パセオデラルスのエントランスを通り過ぎて、エレベーターに乗り1階へ上る。エレベーターの扉が開くと、予想もしない空間が広がる。街路地側からは、全く想像できない小宇宙空間が存在する。この囲われた空間は、敷地の地形に起因している。敷地の南側に隣接する急傾斜地は、建物を計画する上で、厳しい条件のように思われた。三浦半島は、関東平野とは異なり起伏の多い地形である。日当たり重視の居住形態では、南側の急傾斜地はネガティブな自然条件となる。採光のことを考えて、住戸棟と急傾斜地を離し、急傾斜地の地形に沿って空中廊下を配した。空中廊下と住戸を住戸橋でつなぎ、各住戸の玄関へと進んでいくことになる。2世帯で一つの住戸橋を共有する。空に廊下と橋が、飛び交って光と影を落とす。住人だけが知り得る、落ち着いた雰囲気の三次元的中庭となった。急傾斜地というローカリズムは、商業的価値観からは想像できない空間を生み出した。この囲われた空間は、様式こそ違えどイスラム世界の精神と共通するところがある。外に閉ざして、内に開くパティオ型住宅である。イスラム建築では、パティオ(中庭)は、戸外のサロンとなるのだが、パセオデラルスでは、一階の専用庭には、一階の住人しか使用できない。先ほどから三次元的中庭と表現しているのはそのためである。この三次元的中庭を共有すために、住戸橋から玄関扉の間にほぼ正方形のテラスを設けた。テラスを居心地のよい戸外のサロンとなり、リビングルームへ空間をつなげていく。

最近の多くの分譲集合住宅は北側に共用廊下があり、玄関扉を開けると両側に個室があり、トイレ、バス、キッチンを横目でみながら、突き当りにリビングルームがあり、その脇に畳の部屋がある、リビングルームは南向きでバルコニーがついている、というのが、一般的な間取りである。この南北縦長のプランは商業的には合理性にかなっている。空間を集約して機能的である。

パセオデラルスの場合は南北縦長のプランではあるが、南側に共用廊下(空中廊下)があり、住戸橋を渡ってテラスを通り抜けて玄関扉、玄関扉を開けるとリビングルーム、キッチン、バス、トイレがあって、その奥に個室がある。個室は北向きである。前者と大きく異なる点は、玄関を入ってすぐリビングルームに通じていることである。この間取りは、当たり前のようであるが、近年の多くの分譲集合住宅には見られない傾向である。多くの分譲集合住宅は南側にリビングルームを配置するために、北側に共用廊下、住戸玄関という概念で括られてしまう。南側リビングルーム、南側に共用廊下、住戸玄関という発想は、日本の昔からの戸建て住まいの形式から生まれている。文頭でも述べたように、自然条件は元より、社会的条件のなかで、如何に快適に暮らすかを考えて、居住空間はつくられるのである。

例えば、来客があった場合をイメージしてみる。南側玄関を入って、南側リビングルームに通して接客する。お天気が良ければ、南側玄関先のテラスに出て、お茶を飲む。昔の縁側的空間である。居住空間は、プライベートな空間ではあるが、外からの人に対して、パブリックな部分が必要となる。パブリックな部分を南北に分断させることはない。従来型の北側玄関から入って、暗い廊下を通って南側リビングルームに客を招き入れるのは、決して空間的に美しいとは思わない。

子供が、学校から帰ってくる時を考えてみる。南側玄関から、「ただいま」と言って、リビングルームを通って、北側奥の個室に鞄を置きに行く。途中のバスルームで手を洗って、キッチンにいるお母さんからおやつをもらって、リビングルームで食べる。親子のコミュニケーションがとれる。茶の間の空間である。最近の子供は引きこもりが多いと聞く。北側玄関から入って、北側個室に引きこもる。キッチンにいるお母さんは、挨拶がなければ子供が帰ってきたのに気がつかないかもしれない。親子のあり方さえも空間は変えてしまう。

北側個室が北側共用廊下に面していると、廊下側に窓がついているため、通風や換気が億劫になる。その上、窓には格子がついている。プライベートな個室にあえてパブリックな廊下をくっ付けることはない。

居住空間の社会的条件とは、こうした人々の習慣や家族のあり方、ライフスタイルを指している。ライフスタイルは様々である。分譲集合住宅は、設計段階では、住人を特定することはできない。「こんな住まいはどうですか?」というライフスタイルの提案である。一つのライフスタイルの提案は、また一つのローカリズムでもある。

文:三輪 有紀